私がカウンセラーを志した原点 2

前回の続き
 私は高校時代の仲間との関係性に、日々の充実感と居心地の良さを感じていました。
 そしてこの体験をそのまま仕事にできれば、私にとって幸せなことだと考えたのです。その結果「人と関わる仕事」という漠然とした目標ができました。

 とはいえ、「人と関わる仕事」は山ほどある、というより厳密に言えば、人と関わらない仕事などほとんどないと言えるかもしれません。
 ただ当時の私が思い描いた「人と関わる仕事」とは、「関わることそのものが仕事になる」というイメージでした。

 そういう意味で言えば、教育や福祉、医療など、対人援助職のようなものが含まれます。ですが、私は取り分け、仲間との語り合いを通して充実感や居場所感を感じており、それこそが自分のやりたいことだと、心の内に明確にありました。

 そこで初めて、人との関係性を大事にすることそのものが仕事として存在している、「カウンセラー」に行き着くことになりました。

大学受験

 「カウンセラーを目指す」
 高校3年生の時に、そう決めた私は、「カウンセラーにどうやったらなれるのか」をまず調べました。
 当時、職業辞典のようなものを見て、カウンセラーになるには、心理系の学部を卒業し、臨床心理士の指定大学院(できれば1種)に進み、臨床心理士資格を取得してスタートラインに立てるということを知りました。
 大学選びをしている段階で、大学院、さらには臨床心理士の指定大学院なるものがあり、それも1種と2種があるという情報だけでは、到底、高校生の私にはイメージがつかないものでした。
 とりあえず、「心理学部」とか「心理学科」がある大学を目指し、それから大学院いついても調べていこうと思い、手近な心理学系の学部のある大学を探しました。

 当時の私の学力は、なかなかひどいものでしたが、「どこかしら行ける大学はあるだろう」「できれば国公立に行けたらいいな」くらいの楽観的な気持ちでした。
 その楽観的な気持ちでいられるような環境にあったのだと、今になってありがたいことだったんだなと思います。

 結局、国公立大学は後期まで受験を試みるもダメで、日本福祉大学の心理学部(現在は子ども発達学部)に進むことになりました。

少し変わった家庭状況

 私の価値観に関わる、当時の家庭状況についても触れていこうと思います。

 当時、父が行政書士・土地家屋調査士として自営業をしており、母は福祉系のパートをしていました(記憶が正しければ)。
 父は法律を学ぶことが趣味のような人で、昔から仲間と一緒に勉強会だとか、分厚い法律の本を読んでいました。そして、その趣味から、いよいよ本格的に学びたいと思い立ち、大学院に行くことを決めたのです。

 それがちょうど、私の受験に入るタイミングで、私が大学1年生になる頃に、父は大学院生になっていたのでした。
 家計はなかなかに厳しいもので、父の収入もない状態でした。
 それでも父は楽観的で、「勉強したいと思うのであれば、お金を気にせずやりなさい」というスタンスでした。それを体現している父でしたが、当時の母から見れば、理想ばかりで現実を見ていないと、うんざりしていたと思います。

 とはいえ、父のそのスタンスがあったので、「私は何を学びに大学に行くのか」、「どんな仕事がしたいのか」と、自分について考える姿勢が身についていたのだと思います。

 家計の状況を尻目に、私は大学に進学し、家から離れて寮生活をすることになりました。(大学の奨学金と県の奨学金の2種類を借りて)
 その大学生活、特に寮生活が私の価値観や考え方にさらに大きな影響を与えました。
 続く

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